デス・オーバチュア
第127話「赤と青の前奏曲」




修道女(シスター)姿の幼い少女は一人、雪道をトテトテと歩いていた。
少女の衣装はスリットが入っていたり、露出が多かったり、手枷や足枷や鎖が付いていたりとかなり特種というか修道服としては邪道である。
「きゃああ〜〜っ! 可愛い〜っ!」
「…………?」
突然、黄色い声が聞こえてきた。
修道女……ランチェスタは声のする方に視線向けるより速く、何かに抱きつかれる。
「…………」
「ジタバタしちゃってますます可愛い〜」
ランチェスタは必死に拘束から逃れようとするが、戒めの力は予想外に強く、逃れることができなかった。
「実物はやっぱり違うのね〜、これがあの電光の覇王の成れの果てとはとても思えないわね〜」
間延びというか、ゆったりとした感じの女の声がランチェスタの耳元で囁く。
「…………!」
ランチェスタの背後の空間に突然、巨大な白銀の十字架が出現した。
嘆きの十字架。
全神銀鋼製のこの巨大すぎる白銀の十字架は物理的に互いを縛り付けていた鎖が外れた今も、ランチェスタという存在とあらゆる意味で繋がっていた。
言い方を変えれば、ランチェスタはまだこの十字架の封印、拘束から完全に解放されていないのである。
嘆きの十字架は常に、ランチェスタのすぐ背後の僅かに位相のズレた空間に存在し、彼女の声や意志に反応して瞬時に出現するのだ。
「きゃっ、怖い〜」
ランチェスタを拘束していた人物は、あっさりと彼女を解放し、飛び離れる。
ランチェスタは右手一本であっさりと巨大な十字架を持ち上げると、長い方の先端を自分を拘束していた人物に突きつけた。
「ライトニングパニッシャー(電光神罰砲)ね。魔導王のグレイティストキャノン(超魔導砲)に匹敵する威力を持つ大砲だけど、あなたは射撃がど下手だから当たるのかな?」
「…………」
ランチェスタは十字架を指で回転させて、今度は短い方の先端を相手に突きつける。
「ライトニングインパクト(雷光衝撃杭)ね。ええ、あなたの必殺技にはそっちの方が相応しいわね〜」
「…………?」
ランチェスタが怪訝そうな表情を浮かべた。
なぜ、この人物は嘆きの十字架の機能や自分の性質(射撃が苦手で、格闘が得意)を知っている?
ライトニングパニッシャーに至っては、まだ一度も使ったこともない機能であり、ランチェスタと嘆きの十字架の制作者達以外、誰もその存在すら知るはずのない機能だ。
「それとも、あの妄執(もうしゅう)のロザリオでも使ってみる?」
「……!?」
「うふふっ……」
ありえない、あのロザリオのことを知っているはずが……。
「いいことを教えてあげるわね、ランチェスタちゃん。嘆きの十字架からあなたが解放される方法を……」
それは誘惑するような囁きだった。



「なぜ、スカーレットがあの一撃に何発も耐えられるのですか、お医者さん?」
あの生物の拳や蹴りの一発一発の威力は見ているだけでもおおよその推測ができる。
そして、自分達守護人形の耐久度ではそれにあんなに耐えられるはずがないのだ。
「まあ、色々と弄ったからね……私の血液を移植したり……」
「血液?」
「ああ、別にそれはたいした影響ないわよ、わたしと同じ血による武器作成や自己修復能力といったせこい能力が付加されたぐらいだから……」
「では、スカーレットのあの耐久力やパワー、スピードは何なんですか? 基本武装こそ変わっていないようですが、体型が変化した上に、あんな超熱線兵器はなかったはずです……」
「その辺はわたしが弄ったわけじゃないわよ。ただ、リミッター(制限装置)というか、セーフティ(安全装置)を外しただけだもん」
「セーフティ!?」
「元々、あの子にはあの戦闘力というか、あの十四歳のモードがあったのよ。それがどういうわけか封印されていたの。理由なんて知らないわよ、そんなのあの子……あなた達を作った開発者に聞きなさい……まあ、とっくに全員土の中だろうけどさ」
「封印されていた戦闘能力……」
メディアの言うように、自分達の開発者などとっくの昔にくたばっているに違いない。
「まあ、格闘すると返り血とかで洋服が汚れるから、普段はあのモードにはなりたがらないんだけどね、あの子は……」
「はいっ? 返り血?」
「そう、返り血。返り血が目立たないから、大嫌いな深紅色なのよ、あのナース服」
「…………」
なんか矛盾しているような、よく分からない拘りや考え方な気がした。
「というか、最初は白かったのよ、あのナース服も……」
「染めたんですね、返り血で……」
「あの子は本当は赤というか、血が嫌いなわけじゃないのよ。嫌いなのは……認めたくないのは、赤、血で興奮してしまう自分自身の性質……本性。認めたくないのよ、好戦的で血を好む自分を……」
「なるほど……」
アンベルは上空の戦闘を凝視する。
スカーレットはとても楽しそうに、殴り、殴られていた。
「認めてしまえば楽なのにね。他人を殴るのが、傷つけるのが、血を見るのが……殺すのが大好きだってね」
メディアはとても爽やかな笑顔でそんな物騒なことを言う。
「それが医者の言う言葉ですか?」
「だって、わたしはそうだもの。人を壊すのが、血を見るのが何よりも大好きだから医者なんてやっているのよ。医者なら他人を解剖……切り刻んでもお仕事でしょう?」
「……わたしが人間だったら、あなたにだけは診てもらいたくないですね……」
「そう? わたしこれでも、人を生かす方『も』それなりに優秀よ」
「……『も』……ですか……」
他に何が優秀なのか、聞くまでもなかった。
「……まあ、それはともかく。やっぱり、少しずつ押されてきたな……」
「はい?」
「エナジー……出力の差がぼちぼち出始めたってことよ」
メディアは上空で繰り広げられる戦闘を眺めながら、少し困ったように頭をかく。
「あなた達って機械のくせに『疲れる』でしょう?」
「えっ? ええ、はい……エネルギーが激減すると人間でいうところの空腹状態のような感じになって力が……あっ!」
アンベルは何かに気づいたように声を上げた。
「火力発電なんかじゃ、あのモードは短時間しか維持できないのよね」
「火力発電のままなんですか!? 今のわたし以上のパワーで動いているというのに……物凄い欠陥品ですよ、それ……」
「うわ、酷い、実の妹を欠陥品扱いする、普通?」
「あんなパワーで動いたらアッと言う間に燃料が切れるに決まっているじゃないですか! なんでわたしみたいに核融合炉にしなかったんですか!?」
「無茶言うわね、動力源の付け替えなんてできるわけないでしょう。西方だってまだあなた達みたいな化け物スペックの機械人形を作れる技術に至ってはいないんだから……それにあの子、ブラックボックスがやけに多いし……多分、その辺があのモードの機能だと思うんだけど……」
スカーレットと皇鱗の戦闘は徐々にだが、明らかにスカーレットが押され始めている。
「てわけで、姉として、あなたもリミッターを外して、助けに入ってくれない? 自分の意志で外せるんでしょう、あなたの場合?」
「……なんで、そんなことまで知っているんですか、あなたは……?」
「というかさ、なんでスカーレットにまでリミッターなんて付いてたの? それともボクにもあるのかな?」
やけに大人しかったので、存在すら忘れ去られそうだったアズラインが口を挟んだ。
「ボクもあんな風に変身できるのかな?」
「ああ、それは多分無理よ」
メディアがきっぱりと否定する。
「なんで言い切れるんだよ!?」
「リミッターが付いてるのは、最初の機体であるアンベルだけ……少なくともそう『教わった』んじゃないの、あなた達?」
「うん、そうだけどさ……でも、スカーレットにまで付いてたんだし……」
「多分、リミッターがついてるのは最初の機体であるアンベルと実質最後の機体であるスカーレットだけ……わたしにはなんとなくその理由が解ったわ。ねっ、アンベル?」
「……どうやら、この辺が限界のようですね、スカーレットちゃんでは……」
アンベルはメディアの問いかけには答えず、スカーレットと皇鱗の空中戦を見つめていた。



「生身のわたしより、機械のあなたの方が先にスタミナ切れというのもおかしな話だよね〜」
「…………」
皇鱗の後ろ回し蹴りがスカーレットの頭部に直撃した。
スカーレットは吹き飛ばされながらも、右手を爆発させるようにして撃ちだす。
「そのロケットパンチはもう見切ったよ〜」
皇鱗は青い光を宿らせた左手で、飛んできたスカーレットの右手を叩き落とした。
叩き落とされた右手は、意志を持つかのように不自然な動きでスカーレットの元に戻り、その右腕と接合する。
スカーレットは祈るように両手の指を組み合わせると、前方に突きだした。
「……バーンヴォルテクス(灼熱旋風)!」
組み合わされた両手がどこまでも赤く、熱く発光しながら、撃ちだされる。
撃ちだされた両手は螺旋上に回転し、深紅の渦と化して皇鱗に襲いかかった。
「片手じゃ無理ね……」
皇鱗は両手を頭上にかかげると、両手の掌の上に青い光球を生み出し、その輝きの強さを高めていく。
そして、自らを貫き、消し飛ばそうと迫る赤い旋風に、青き光球を叩きつけた。
凄まじい爆音と共に赤と青の閃光の爆発が皇鱗の姿を覆い隠す。
「……プロミネンスバーナー(紅炎放射)!」
手の無くなったスカーレットの両腕の接続面から、凄まじい勢いで紅の炎の吐き出され、赤と青の閃光を薙ぎ払った。
「……ダブルトルネードロケットパンチ……プロミネンス温度の火炎放射器……全部無駄だよ」
閃光が全て消え去ると、二条の紅炎を平然と浴びている皇鱗が姿を現す。
皇鱗の全身を薄膜のように青い光輝が包み込んでいた。
「この闘気ある限り、どんな熱も炎もわたしには届かない……わたしを倒す方法は闘気ごと、装甲(鱗)ごと、わたしを力ずくで打ち倒すしかないんだよ」
「…………」
遙か彼方から帰還してきた両手が、スカーレットの両腕と接合する。
「でも、あなたにはもうそのパワーはない。スピードもだいぶ落ちてきている……明らかなスタミナ……エナジー切れだね」
闘気で全身をガードしている皇鱗には、どんな炎も熱も冷気も雷も……あらゆる属性の力が無効だった。
唯一通じる可能性があるのは純粋な破壊力、衝撃。
闘気の膜を砕く……あるいは闘気の膜の上からでも浸透する圧倒的な破壊力が必要だった。
簡単に言うなら、結局、殴る蹴るといった行為が一番有効なのである。
皇鱗の闘気の膜や装甲に負けないだけの硬度とパワーによる打撃……それしか、皇鱗を破壊できる可能性がある攻撃手段は現状では存在していなかった。
「予想外に楽しめたよ。誇っていいよ、わたし達と一時的とはいえ互角に殴り合えたのは魔王以外ではあなたが初めてだから……」
皇鱗は胸の前に両手を持っていくと、掌と掌の間に青く輝く球体を作りだしていく。
光球はどんどん大きさと輝きを際限なく増していった。
「パワー数値異常上昇中……パワーの一点集中? 凝縮? 測定不能……異常過ぎなの……」
「夢幻泡沫(むげんほうまつ)……全てを水の泡、夢幻(ゆめまぼろし)のごとく儚く消し去る……この姿でのわたしの最大の技……あなたへの最後のプレゼント……受け取ってね」
光球自体は皇鱗の胸部ぐらいの大きさしかないが、その輝きは太陽か星の爆発のように激しく光り輝いている。
「……エネルギー残量……現状で使用可能な最大武装……生存確率……」
何度計算しても、残るエネルギー、残る武装を全て使っても、あの光球に対抗するのは……逃れるのは不可能だという結論しかでなかった。
「じゃあ、さようなら、真っ赤なお人形さん」
青き光球がゆっくりと撃ち出されようとする。
「……本当の敵と戦う前に散るなんて……馬鹿な話なの……」
スカーレットは諦めたように瞳を閉じた。
「……ギガンテックメス(巨人鋭刀)!」
「えっ?」
遙か背後の上空からの声。
「脳髄をぶちまけろ! カルヴァリアクラッシュ(頭蓋骨砕き)!」
メディアは上空から降下してくるなり、自分より巨大な白銀のメスを皇鱗の脳天に叩きつけた。










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